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著者 上川多実
出版社 里山社
発行日 2024/2/9
東京の、部落ではない町で生まれ育った著者による自らの部落差別との向き合い方をさぐったエッセイ集。じつにエネルギーに満ち、いくつもの新しさが詰まっています。
それはまず著者が、部落差別の問題を「正しさ」からではなく、むしろ正しさの押し付けへの反発を含めた「自分」から出発し、それを一貫して手放そうとしない点です。それは20才で『ふつうの家族』というドキュメンタリー映画を制作したことやBURAKU HERITAGEの活動、そしてこの本の執筆までその姿勢は貫かれています。「正しさに負けない」姿とでもいうか。
それからそれとつながることでもあるのですが、部落問題に関わる「運動」の中にある政治主義の呪いからはなんとか脱出したいと思いながら、しかし部落問題そのものが持つ本質的な政治性は脱色されてはならないと著者が考えている点です。多くの場合どちらも同じものとして肯定してしまうか、あるいは無意識のうちにどちらも否定して関わることさえやめてしまうかのどちらかなのに、そこを分けて考えていることが新鮮です。
さらに著者は、ママ友と公園でおしゃべりするように部落のことを語りたいと一見さらりと述べているのですが、それは実はほとんど誰も成し遂げたことのないハードルの高い「語り口」では? しかしこの本ではそんな「語り口」で読者に語りかけているため、私たちも自分のモヤモヤに言葉を与えられたような、そして読者として思わず著者に何か応えたくなるような、そんな対話への誘いとなっていることも見のがせません。
このように、部落差別について考えようとする人がこの本を手に取るのはまたとないラッキーなことではあるのですが、一方でその「語り口」を獲得するために著者はなんと満身創痍の試行錯誤を重ねざるを得なかったことか。それを「ロシアンルーレット」にたとえているところなど思わずハッと胸を衝かれるのですが、そんな作業を彼女に強いてきた巨大なものの存在もまた同時に浮かび上がってくるところがこの本のもうひとつの特徴であるように思います。